アジアカップ・ブーイング問題から日中関係を少々

4年後にここでオリンピックできるのか非常に不安。小日本という蔑称を普通に使っていることを異常に思わないんだろうか。TVでは当日の様子を伝えていたけれど、普段の教育現場にもっと突っ込むべきだ。算数の問題では「りんご」や「バナナ」ではなく「日本人を殺した数」を足し引きするとも聞いたことがある。自国への不満を外へ向けさせられる中国社会(「中国人が」とは思わない)が日本に対する敵視をもっているのは確実だろう。それを同じアジア人として無防備に友好関係を築くことが大事という前提も持ってくれていると勘違いしている人が多いように思える。中国との問題は戦争のことだけじゃない。もちろん一番多き問題ではある。それだけではない。中国とは戦争前から付き合いがあった。そして領土問題・ODA問題・偽ブランド問題…と現在進行形でも問題を抱えていることを国民として認識しなければいけない。大きな歴史観、広い視点、国際社会のルールを持って付き合うべきだ。
僕ら戦後2世の世代には、彼らの抗日運動をうまく受け止めることができない。どう思えばよいかわからないのだ。「原罪」を背負って生まれてきたことをどう思えばよいのだ。僕らがすべきは同情ではないし、卑屈になることでもないはずだ。(中断)
中断したのは、このもやもやっとした想いをどう言葉にしたらいいのかわからない。また続きを書くとする。